大地賛唱を歌う。
胸元に花を飾る。
渡された卒業証書を手に写真を撮る。


3年間、毎日共に過ごした友達も校舎も制服も、今日でお別れだ。式も終わり、教室に残って卒業アルバムへメッセージを書き合う。実感がないね、明日からここに来ないなんて、と友達と言い合って外に出るために下駄箱まできた。この校舎を出て、正面玄関の方へ周れば、卒業生たちが写真撮影をしているのだろう。
これでこの高校生活は終わり。それなのになぜだろう、何かがひっかかり、ある男子生徒の顔が思い浮かんだ。これでいいのかな。でも自分がどうすべきなのかも、何に対しての心残りなのかもよくわからない。正面玄関へ歩き出した友人達の背に向かって私は思わず言葉を発していた。

「ごめん!忘れ物しちゃった。」
「えぇー?もう来れないんだから取りに行かないとだよー?」
「一緒に戻る?」
「ごめんごめん、大丈夫。取って来るから先に行ってて。」

そう言って友達数人を見送った。忘れ物なんて嘘だ。なぜなら正面玄関とは逆の、裏門側ににいた平和島くんを見つけてしまったから。

ひらひらと桜の花びらが舞っている中でたたずんでいる平和島くんはとても絵になっていた。一体どんなことを考えているのだろう。見過ぎてしまっていたのか、ふと目が合ってしまって私は焦った。嘘まで吐いて残ったのに、一体自分は何がしたいんだろう。それに…私は彼に嫌われているのだ。そんなことはもうずっと前から知っているのに。そしてある違和感に気付いて私は目に入ったまま口に出していた。


「ボタン…全部ないの?」

第二ボタンどころか袖口にあるはずのボタンまで全てなくなっている。全部女の子にあげてしまったのだろうか。そもそもそんなに平和島くんはモテたのかと失礼ながら驚いてしまった。

「あー…なんか知らねぇけど、俺のボタン持ってるとケンカが強くなるとかで、知らねぇ奴らにやっちまった。」

一体その噂はどこからきているのだろう。誰かがふざけて言ったことに尾ひれでもついてまわってしまったのだろうか。そして平和島くんが相変わらず目を合わせてくれないことに、ショックを受けてしまう。


「女の子にも?」
「いや、男しかいねぇだろ。ケンカすんのなんて。」

なぜこんな質問をしてしまったんだろう。でも、どうしても気になってしまった。ふいっと平和島くんは背を向けて裏門の方へ向かってしまっている。みんなと写真は撮らないんだ。きっとそのまま行ってしまう。私は卒業したら引っ越すことになっている。もう、池袋にはいないから、会うのは最後かもしれないんだ。そう言いたいのに全然言葉が出てこず、卒業証書をぎゅっと握りしめた。

「平和島くん!!」

呼び止めると足を止めて振り返ってくれた。もう、大分距離が開いてしまっているけれど、それでも久しぶりにこちらを向いてくれた気がした。

「あの…あんまりケガとか…ケンカとかしない…でね。」

違う、こんな事を言いたかったんじゃない。それでもまだまだ言葉が見つからない。そうして次の言葉を必死に考えていると、平和島くんが久しぶりに目を合わせてくれた。


「ありがとな。努力する。」

それは今まで見たことのない笑顔だった。心が全部持っていかれるような、少年のような。どうして最後にそんな顔をするんだろう。どうして。何も言えず、小さくなっていく背中を見送って、気付くと平和島くんは視界からいなくなっていた。

それでも、桜は舞い続けている。はらはらと落ちる花びらは綺麗だ。桜が舞っているからなのか、ゆらゆらと視界が波を打つようにぼんやりとしてくる。

もう、会えなくなるんだ。もう、同じ空間にいられない。避けられていても、嫌われていても、学校に行けば会えたのに、もう会えないんだ。そう思うと鼻の奥がツンとして涙が出そうになった。



私…平和島くんのことが好きだったんだ。


全部全部遅かった。どうして今、気付いてしまったんだろう。伝えたいことは何も伝えられなかった。卒業後の進路だって、携帯の番号だって、私のことを嫌っていた理由だって、私は平和島くんのことを何も知らない。知らないのに好きだった。





「ボタン…欲しかったな。」

そう呟くと涙が頬を伝った。