04.情報屋の興味


Rain Dogs…ねぇ。」

臨也は今晩初めて見かけた女性の事を思い出し、肘をついて座っていた。背後の窓からは雨の音がしており、目の前のモニターは文字の羅列を映し出している。


の後ろを通り過ぎようとした時に何か異様な空気を感じ、しばらくの間、遠くから彼女を眺めていた。彼女は携帯電話を片手に持ち、真っ青な顔をし、公衆電話からいくつもの場所にダイヤルをしていた。携帯が動くのになぜ公衆電話を使う必要があるのか。充電が切れかかっているならばなんとなく理由もわかるが、あまりにも切羽詰まった表情に直感で面白そうな事が起きていると思ったのだ。

彼女の鞄に入れてあるというよりは乗せてあるだけのようなストールは、風によって臨也の方に落ち、丸められたそれは転がっていった。拾ってからの近くに近づいても彼女は臨也に気付かなかった。そして馬の嘶きが聞こえた時に彼女が「セルティ」と呟いた事も聞き逃さなかった。臨也はセルティを知っている事自体にはさほど驚きはしなかった。


それよりも気になったのは、臨也を見た時のの表情が明らかに「臨也の本質を知る警戒と戸惑い」だった事だ。大抵の人間は初対面で会った臨也を好意的に見る。事、女性に関してはそうだ。しかし、初めて会うは明らかに臨也の事を知っている言動でよそよそしかった。臨也はを知らない。それなのに自分の事を知られているという事は臨也自身の中でも珍しい事だった。

だから興味本位で調べてみたのだ。の持っていたストールのタグには「Rain Dogs」と記されていた。彼女はいかにも販売員らしい、統一感のある先物のファッションを身に纏っていた。どこかのおしゃれなショップの店員さん。陳腐な表現ではあるがそれが一番近かった。自分自身では気づいていないかもしれないが、ショップ店員はそれ独特の雰囲気を持っている人が多いのだ。日ごろから人間観察が趣味である臨也にとって職業を特定することは容易かった。そして、その彼女が持っていたストールとブランド名。

モニターに映る文字を見ながら臨也は歪んだ笑みを浮かべ、呟いた。


「そんなブランド、この世に存在しないんだけどねぇ…?」


自身の情報屋という仕事で調べられない事などないと自負しているというのに、世界中のどこをどう調べても見つからないのだ。身だしなみに気を遣っているのにストールだけがおかしいのだろうか。この世に存在しないものを身に纏い、自分を知る人間がいるなんて。


「面白くなってきたよ。」

ブランド自体の存在を探すことを止め、臨也は携帯を取り出しパソコンに向き直った。外の雨は強くなり、キーボードを叩く音は雨の音に掻き消されていった。