10.降り出した雨


会社を後にしてからは自分のアパートへと向かっていた。小雨が降り始め、のスーツを徐々に濡らしている。アパートに戻ってからしんとした空気と電気の点いていない部屋の暗さにどんどん気持ちが沈んできた。



自分のせいで、周りの人に沢山迷惑をかけた。雇ってくれた社長、いつも仕事の話をしてくれたトム、出会った時からずっと気に掛けてくれていた静雄。でも、もう二度と以前のように話せる事はないだろう。

はたから見れば恩を仇で返したとしか思えないような事が起きたのだ。この部屋も出て行かなくてはならない。そう考えながらも、頭の隅ではを見る静雄の目が焼き付いて離れなかった。嘘だと言えと言っているような目だった。私はやっていないと言った所で既に証拠は私が犯人だと言っていた。もういられないと思った時に、嘘吐いてでも認めて辞めたほうが良いと思ったのだ。否定した所で会社の皆が仲間内で疑心暗鬼になることは避けたかった。

そして私を嵌めた人物も確信があった。だからその人と話をつけなければならない。と、気丈に考えるも今までの頑張りが全て無駄に終わった事を思い、悲しいのか悔しいのか涙がぼろぼろと溢れて止まらなくなっていた。


一度は何もかも無くしてしまい、自分を奮い立たせて新しい繋がりを作ってきた。少しずつ少しずつ。それをまた無くしてしまったのだ。二度目の喪失感には打ちのめされてしまっていた。もう、全て終わってしまった。そして、また迷惑を掛けてしまったことを悔やみ思考は延々と繰り返される。



はひとしきり泣いた後、外の雨の音に気付いた。一体どれ位の間泣いていたのかわからない。だが、ぼうっとする頭と熱を持った目の感覚に相当の時間が経っている気がした。部屋にいると落ち込んでしまうからか、それとも新羅やセルティに会おうとしたのか、は外に出る事にした。何を思ってそうしたのか、はその時の事をよく覚えていない。

鍵だけを持って、ガチャリとドアを閉めて鍵をかけた。アパートの外は雨が強く降っている。歩きながらは傘を会社に置いてきてしまった事を思い出した。だが、なぜか部屋に戻る気にはなれなかった。そういえば自分がこの世界に来た日の夜も雨が降っていた。そんな事を思い出しながら階段を降りている間、鍵につけているキーホルダーの鈴の音がやけに耳につくと思った。



一歩。歩道に足を踏み入れると雨がを濡らした。



「やぁ。」


天気に不釣り合いなほど爽やかな声が聞こえてきた。声のする方を見ると黒い傘を差し、笑みを携えた男がいた。



「おいでよ。」


の頬を伝っているのが涙だったのか、雨だったのかそれは誰にもわからなかった。は少しの間佇んでいたが、自ら折原臨也の元に一歩足を向けた。歩く度にコツ、と雨の混じった靴音がし、合間に鈴の音がしていた。