「まずはじめにプロフィールカードを渡されるから、それに名前や年齢や住んでいる所を書くの。それからは自己紹介の時間で、1対1で1分間話す時間が与えられるからそのプロフィールカードを見ながら相手の印象をチェックする。大体20人前後と話すの。男性の方が参加者は多いから1回休みの人もいるけど、私達女性の方は休みなんてないから、ずーっとしゃべりっぱなしよ。その部屋とは別にもう1つの部屋でも20組がその自己紹介タイムをやってるんだけど、それが終わったらホールでそのもう1つの部屋の人たちと合同で1回目のフリータイム。20組の男女が2部屋だから80人くらいね。もう1つの部屋にいた男性をチェンジして自己紹介タイムとフリータイムをもう1回ずつやるわけ。そうすれば1回のパーティーで40人の人とお見合いできるってわけよ。最後に気に入った人の名前を書いて、あとは発表を待つっていう感じかな。」




Arranged marriage party





一気に説明された私は初めての世界に全く話がついていけず、混乱していた。話している私の友達は結婚願望の強い肉食系の女子で、早く医者と結婚したいと常日頃から言っている。大学を卒業してから2年になるのだが、まだ自分には結婚など到底想像もつかない話だった。

「…じゃあ、そのお見合いパーティー?頑張ってね。」
「頑張ってねじゃなくて、も行くんだよ。」
「え?」
「私もまだ一回しか行った事ないんだけどさー、こういうのって一人で参加するより仲間がいた方が良い情報交換ができるってわかったのよ。」

突拍子のない提案に尻込みするも、私も一緒に参加することは既に決定事項の様で、全く聞き入れてもらえなかった。興味はあったものの、気乗りしない話だった。しかし、出会いもなく、男性と付き合った事すらない自分にとって、少しは男性慣れをしておかなければという思いもあり、行く事にした。




Are you ready...?



「お見合いパーティーって、こんなに敷居の高いものなの…?」
「あーなんかね、会社にもよるみたいだよ。」

土曜日の夜。会場のあるホテルの前で待っていた友達と合流をしたのだが、私は相当委縮していた。想像していたよりもホテルが豪華で広くて品があり、何かのレセプションパーティーでも行われるような雰囲気だった。受付を済ませ、例のプロフィールカードを渡されて一つの部屋に友達と共に通された。記入をしてから周りを見渡すと様々な人がいてびっくりした。とても綺麗な女性もいるし、かなり年配の男性もいる。爽やかなイケメンの人もいれば、無表情で地味な女の人もいる。分類されるとすれば、私も地味な女の人という事になるだろう。

私は今まで妥協して来なかったから誰とも付き合えなかったのだという事も知っていた。だからこういう所で知り合うのも一つの選択肢だと思っていた。しかしどんなに前向きに考えても、初対面の男性たち全員と話さなければならないのかと思うと胃がキリキリと痛んだ。

「それでは自己紹介タイムです。はい、こんばんは~。」
司会者の人が挨拶を促し、自己紹介が始まった。1分単位で色んな人と話をするので、途中から誰とどの話をしたのかわからなくなってくる。私は質問された事に答えるだけで精いっぱいで、友達の指令である印象の良い人を覚えておくという事が全くできなかった。自己紹介タイムが終わる頃にはぐったりと疲れてしまっていて、もう一度これをやらなければならないかと思うと気が遠くなった。

「も、もう無理だよ…。」
「なーに言ってんの!フリータイムが本番なんだから。私、何人かさっきのグループで良い人いたから話してくるわ。」

ホールに移動してからも彼女はとても生き生きとしていて、フリータイム開始と同時にスタスタと歩いていった。こういう時の彼女は堂々としていて、とても格好良い。私はといえば全く力になれず申し訳ない気持ちになった。なるべく隅の方に行き、少し休憩しようと思って周りを見渡したが、先ほどと同じグループの人が誰なのかすら全く記憶に残っていなかった。

ふと、人だかりができている所が目に入り視線がそこで止まった。異常なほど女性が群がっていて私は何かを思い出した。この光景は見覚えがある。デジャヴュというやつだろうか。そうだ、人気のある人にはいつも人だかりができるものなのだ。私がいつも見ていたのは、とそこまで考えてからその中心人物の横顔が目に入り、そしてその人物とほんの一瞬目が合った。

「すみません、さん、お話できますか?」
突然背後から話しかけられ、驚いて振り返ると、小太りのスーツ姿の人が立っていた。
「あ、はい。大丈夫です。」
「若くてお綺麗ですね。」
「そんな…とんでもないです。」
話を合わせつつも目が合った人物の事が頭から離れず心臓の音が徐々に大きくなっていった。見間違いだったのだろうか。黒髪。痩身。整った顔立ち。鋭い目つきと微笑。混乱して思考が上手く回らない。

「ちょっとすみません、僕もいいですか?」
「あ、はい、どうぞ。」
気付くと自分の周りにはいわゆるおじさんと呼ばれる人や、少しさえない雰囲気の若い男性など5人に囲まれていた。突然の事でどうしていいのかわからず会話について行くのがやっとで、再び胃が痛んで顔をしかめてしまった。

「失礼。彼女ちょっと具合が悪いみたいですので。」

ぐいっと腕を引かれて見ると、先ほどまで女性の中心にいた人が男性陣に向かって話していて、私は目を見開いた。男は言葉を続ける。

「救護室もあると思いますので、彼女は僕が連れていきますよ。」
「あ…さん、大丈夫ですか?」
「は、はい。」

胃が痛い事も事実であるし、あの男性陣から抜けられた事も良かった。けれどそこまで具合は悪くない。そんな事よりも私の前で腕を引いて歩く目の前の男の出現に驚いていた。やはり見間違いではなかった。会場を出ると外で待機していたスタッフに声を掛けられ、彼は私の腕を離した。そしてスタッフに何かを耳打ちをすると、何を聞いたのかスタッフは頭を下げて会場へ入っていった。改めて彼の後姿を見て確信に近い調子で話し掛けた。

「折原くん…だよね。」
「久しぶりだね、さん。」

ゆっくりと振り返った折原臨也は細身のスーツにネクタイを締めていた。以前とほとんど印象は変わっていないけれど、学生っぽさが抜けており長い年月が流れたと感慨深かった。 女性に囲まれていたのも頷ける容姿だった。


折原くんとは高校時代の3年間、ずっとクラスが一緒だった。毎年クラス替えのある学校で、3年間同じクラスという人は少なく2人ほどいたのだが、折原くんはその内の1人だった。たまに日常会話をする程度の仲だったが、3年も一緒だったので名前は覚えていてくれたのだろう。

さん、婚活してるんだ?」
「ううん、友達に誘われてきただけだよ。」
「随分とモテてたみたいだけど。」
「折原くんのほうがすごかったし…でも、折原くんがここにいるのは意外だな。」

彼はわざわざお見合いパーティーに来なくとも引く手あまたに違いなかった。ただ、変わっている彼の事だから目的は違うのかもしれない。3年という期間で、私は折原くんの事をそう解釈していた。

「あぁ…取引先なんだよ。この会社。それでサクラでもやりましょうか、って冗談で言ったら盛り上がっちゃってさ。まぁ一番やりたかったのは人間観察だったんだけど、目立ちすぎてだめだったね。」

折原くんは肩を竦めて溜息を吐いた。相変わらず、性格も変わっていないらしい。会社や取引先といった単語が出てくるので、あの頃とは違うのだと思った。


「そんなことよりさぁ、さん。高校の3年間、ずっと俺の事好きだったよね。」

突然の爆弾発言に私は動きを止めた。まるで日常会話の様に、何でもない様子で切り出された。何を言い出すのだ、急に。

「正確に言うと3年間じゃないね。1年の5月くらいからかな。」

余裕綽綽の笑顔で私に尋ねてきた。そして、それは図星だった。私は高校時代の3年間、ずっと折原くんの事を見ていた。きっかけや理由は自分でもよくわからないけれど、気づけば目で追っていた。本当に気になってしょうがない存在だったのだ。性格だって相当捻くれているし、素行だってとんでもなく悪かった。それにも関わらず、ずっとずっと好きだった。しかもそれを今、ずっと知っていたと折原くんは言った。本人にバレていたという恥ずかしさに顔に血が上っていく。

「さっき女の人に囲まれてる時にさ、視線を感じたから見てみたら、さんがいてびっくりしたよ。…高校の時とおんなじ目で俺の方を見てるからさ。」

私は取り巻きの女の子たちの中には入れなかった。そんな勇気もなかった。もしかしたらそこに入ればもっと折原くんと仲良くなれたかもしれないのに。3年もの間チャンスは沢山あったはずなのに、私は折原くんを見ていることだけしかできなかった。好きな人がいるくせに自分からは何もできなくて、片思いを続けてきた。大学の時に好きになった人だってそうだった。変な所でプライドが邪魔をして、諦めたり妥協することができないのだ。そんな自分はもう嫌だと思ったからこのパーティーに参加したのだ。

「懐かしいなって思ったのに、さん、男に囲まれちゃってたじゃない。禿げかかってる人とか太ってるおじさんとかに。もしかして妥協してああいう人と付き合うの?」

それも図星で私は俯いた。そうだ。折原くんのように人気のある人ばかりを好きになっていたら自分の幸せは一生来ないという事を学んだのだ。もう、いい加減に現実を見なければならない。



「そんなの俺が許さないよ。」

急に耳元で声がして顔を上げたら、折原くんの顔が目の前にあって身体を後ろに引いた。…はずだったが、腰の後ろを手で押さえられてしまい離れられない。どんどん自分の動悸が激しくなっていく。

「…人が…っ。」
「さっきのスタッフに誰も外に出すなって言ってあるよ。」

いつの間にかもう片方の腕は私の頭の後ろを押さえており、動けない状態になってしまっている。息のかかる位の距離に心臓の音が聞こえてしまうのではないかと思った。完全に思考が高校の頃に戻っている。折原くんを好きで好きでしょうがなかった頃に。

「いい加減、好きっていいなよ。俺の事。」
「やっ…離し、て。」
「嫌?そんなわけないよね。」
「お、折原くんは人間全てを愛してるって言ってたじゃない…それで十分だって。」
「よく覚えてるね。そうだよ。その通りだ。」

でも、と一言呼吸を置いて折原くんの腕に力が入った。

さんには愛してもらわないと気が済まない。」

再び耳元で囁かれた言葉に眩暈がした。私が思い描いていた妥協した幸せの算段は見事に崩れ落ちた。がんじがらめにされた心と体はもう身動きができなかった。



It falls to love again.