07.夢想世界


「これが今日の回収リストです。」
「はいよーサンキュな、ちゃん。」
「この方なんですけど、他の方に比べてかなりの額を滞納しているので午前午後と2回行って下さると助かります。面倒かもしれませんが…」

次の日の午前、はいつもの様にトムと静雄に指示出しをしていた。しかし、昨日とは明らかに様子の違うに静雄は気づいていた。打ち合わせが終わり、トムと静雄は外へ出たのだが、静雄が難しい顔をしていたのでトムは口を開いた。

「どうしたよ?なんかあったか?」
「いや…なんか今日、おかしくなかったっすか?」
「んー…そうか?」

トムはいつも通りに仕事をこなしていたに別段、違和感を感じていなかった。普段のはきちんと人の目を見て話すし、送り出す時も笑顔だ。しかし静雄は今日は一度も自分の方を見ていなかったという事に気づいていた。心無しかその笑顔にも元気がなかったように感じた。トムもこう言っている事だし、ただの気のせいだろうかと思いながら静雄はトムと共に池袋の街へと歩いて行った。





さーん。」
「……。」
さーん、もう2時ですよー。」
「……えっ?」
「すごい集中力だよねー。でもお昼は取りましょー。」

は黒岩の言葉にやっと気付いて時計を見た。もう仕事には慣れたはずなのだが、今日は時間を忘れて黙々と仕事をしていた。黒岩は2時を回っても一向に休憩を取る気配のないを心配していた。いつもの様な明るさがなく、元気がない様に見えるのに一心不乱に仕事を続ける姿は、何かから逃れるような雰囲気がして少し気がかりだった。

「なんか時間忘れちゃってましたね。休憩行ってきます。」

少し疲れた様に笑ったに黒岩はちゃんと休むんだよーと話し掛け、は休憩室に入っていった。




は昨日からずっと臨也の言っていた事を考えていた。自分が関わる事で小説の筋を変えてしまうのかもしれないこと。そして、自分が存在し始めたという事はいつか終わりが来てしまうのではないかということだ。ただ、自分だけが一カ月前に先に迷い込んだだけで、小説が展開している間だけ自分と自分の関わるものが繋がっているとすれば。小説が終わればまた元の世界に戻ってしまうのではないのだろうかと思った。

突然、自分が消えてしまうかもしれないと思った時に、色々な事を想定した。例えば自分が戻って何もかも忘れて、ここの世界の人たちも自分の事を忘れているとか。自分は覚えているのに、この世界の人たちは自分を忘れて生活していくのかとか。その逆も考えたりした。

昨日の夜も考えに考えて、眠れなかった。もう、あまり関わらない方がいいのかもしれない。あまりにも周りと仲良くなり過ぎてしまって、行方不明になんてなってしまったら悲しませてしまうかもしれない。それならば、地元に戻った方が良いのだろうかとも考えた。せっかく見つけた居場所だったのに、こんな考え方に至ってしまった事を思うとただただ苦しかった。

悩みすぎなのかもしれないと思って仕事に打ち込んでいた。考える事や現実から逃避しているだけだとはわかっていた。自分の過ごしている世界が夢なのか、元々の小説が存在していた世界が夢なのか、もうにはわからなくなっていた。





の様子の変化に気付いていたのは自分だけだったのだろうか。静雄は自分に対してもそうだが、周りの人とも一線を引いている様な気がしていた。昼食を取ろうとトムが声を掛けても仕事の区切りがついたら取ると断るし、朝の打ち合わせの時にも他の取り立て組とも本当に事務的な会話しかしていない。いつもならば世間話程度くらいは話をして、親しみやすい雰囲気を作っているのに、今の彼女は少し近寄りがたいような雰囲気を持っていた。傍目から見れば些細な事かもしれない。だが、自分に対してはより距離を取られている様な気がしていた。そんな日々が続いていた。



「あっ!…平和島さん!」

昼になったので、休憩を取ろうと事務室に入ると黒岩に呼びとめられた静雄は少し曇り気味の表情の彼女に首を傾げた。トムが呼ばれる事はあっても自分だけが呼ばれる事自体が珍しい。トムも何かあったのだろうかと二人は黒岩が来るまで待っていた。

「休憩前にすいません。あのー…さん、具合悪くて…さっき早退しちゃったんですよ。」

ここ数日の様子がおかしい事が気になっていた静雄にとって不安な要素が積み重なるような感覚だったが、不思議と驚かずこうなる様な気がしていた。

「朝は割と元気だったんですけどー…熱あるっぽくて震えが出てたんですよー…一人で病院行くのはしんどそうで…。」
「…静雄。」
「はい。」

トムが静雄にそう言うと静雄は電話を取り出して少し離れた。黒岩はその様子にどういう事なのだろうかとトムに目で訴えた。

「今、往診できるお医者さんに連絡してっから。」
「あー…なるほど。…最近のさん心配だったんですよねー…。」

無理をするにとうとうダウンしてしまったのかと、黒岩は力になれなかった事を悔いていた。電話を終えた静雄は二人に近づき口を開いた。

「すんません。今、医者に連絡しといたんで。」
「私、仕事終わったらさんちに色々差し入れしときます。同じ社宅だし、出勤時間ずれてる分、何かあった時に隣の平和島さんにも伝えておいた方がいいかなーと思って。」
「まぁ一人暮らしで体壊すと不便だし心細いしなー…ま、こういう時、社宅で良かったよな。」
「…そうっすね。」

不安が形になっていくような感覚で静雄はトムの言葉に頷いた。