06.弱点


そろそろ良いだろうかと少し間を空けてからは家に帰ろうと思い、サンシャインを出た。臨也に小説が始まったことも自分のことも全て知られてしまった。そして最後に言っていた、自分が物語に介入する事で何かが変わってしまう可能性があるのだと思うと考えがまとまらなくなっていた。ぼんやりと辺りを見ながら歩いていると金髪の人がいて視線がそこで止まり、足を止めた。


――静雄さん?…なわけないか。

静雄の事を考えていたせいで見間違えたのかと思ったが、近付くにつれて本人だという事に気付いた。まさか本当にこの辺りにいたとは思わず驚いた。本当に臨也と鉢合わせていたかもしれないが、この様子だとそうではないらしい。腕を組んで立っている静雄に声を掛けた。


「静雄さん?」
「……ん?おぉ、何してんだ、こんなとこで。」
「前に勤めていたお店がそこに入ってたので、ちょっと見たいなって思って。お買い物ですか?お休みですもんね。」
「あ…いや、つーかちょっと」
「しーーーずおさーーんっ!!!!」

甲高い声が聞こえたかと思うと静雄は額に手を当ててげんなりとした表情を見せた。なんだかその呼び方は聞き覚えがある、と思い振り返ると可愛い女の子が二人並んでこちらに向かって歩いてきていた。一人は眼鏡におさげ頭で、もう一人はショートカットだが大人しそうな雰囲気だ。


――舞流ちゃんと、久瑠璃ちゃん…かな。

「おまたせしましたーーーなんかトイレ混んじゃっててさ……ってお姉さん、誰誰?もしかして静雄さんの彼女!?かわいい!きれい!」
「…なっ。」
「わっ…!」

そう言ったと同時に舞流はに抱きついた。静雄は舞流の言葉を否定しなければと思ったが、とりあえず身動きが取れずに慌てているから舞流を引き剥がした。


「……[こんにちは] ……。」
「こんにちは、静雄さんと同じ職場で働いているです。」
「初めましてー私は折原舞流っていいます!こっちは双子のお姉ちゃんの久瑠璃っていうんだよ。よろしくお願いしまーす!」
「…[おねがいします]…。」
「よろしくお願いします。」

二人とも実際に見ると本当に可愛かったので、は自然と笑顔で二人に挨拶をしていた。やはりまだ中学生という事もあって幼さの残る雰囲気に妹に接するような気持ちになっていた。しかし、一日で折原兄妹全員に会うとは思っておらず、すごい日だとつくづく思った。静雄が舞流と話しているを横目で見ていると袖を引っ張られる感じがした。

「……[かのじょじゃないの]…?」
「いや、だから。」
「あーっ!そうだよ静雄さんもさんも、さっき否定しなかったよね!?」

は自分が職場の同僚だと説明した事で彼女ではないと伝えた気になっていたが、二人にはしっかりと言わなければ通じなかったらしい。

「彼女じゃないよ。舞流ちゃんと久瑠璃ちゃんがいない間にたまたま会ってね。それより、静雄さんたちはここで何してたんですか?」
「ああ、俺も久瑠璃と舞流にたまたまここで会ってクレープおごれだのなんだの言い出してよ…」
「あ、それで。」

よく見ると近くにクレープ屋の移動車が停っている。きっと静雄は二人に言われたので本当におごろうとしているのだろう。面倒見が良いところはお兄ちゃんらしいな、とは優しく静雄に微笑んだ。静雄は相変わらずの笑顔を直視する事ができていない。

「あ、クレープ食べちゃうと晩ご飯食べられないんじゃない?」
「うち、お母さんもお父さんもほとんど家にいないからいっつも晩ご飯は外か出前取って食べてるんだー。」
「…[だいじょうぶ]…。」
「えっ…中学生だよね?ちゃんとしたもの家で食べないと…家族で食べたほうがいいと思うんだけど…うーん。」
「俺は人の事言えねぇからな。大体カップ麺とかだし。」
「それもだめですよ…外回りなんですから、ちゃんと食べないと。」
「作んのめんどくせぇしなぁ。」

と静雄がご飯についてああだこうだと話し始めたのを見て、舞流と久瑠璃は顔を見合わせてこそこそと話し始めた。


「なんかさーほんとにカップルみたいだね。」
「…[おにあい]…。」
「邪魔しちゃ悪いかな?」
「…[そうかも]…。」
「静雄さーん!やっぱり私たちクレープ食べないで、家でご飯食べるね!!」
「ん?…おぉ、そうか。じゃあまた今度だな。」

舞流がそう言って、にも挨拶をした。久瑠璃は再び静雄の袖を引っ張ってから、口に片手をあてて内緒話をするような仕草を見せた。静雄はつられたようにかがんて耳を寄せる。

「…[おしあわせにね]…。」
「…クルリ、話聞いてたか?」

にっこりと久瑠璃は笑うと控えめに手を振って、歩き出した舞流の後に続いた。そして二人に手を振っているの笑顔が少し翳っていることに静雄はまだ気づいていなかった。





「……なんでお前らがここにいるんだよ。」

臨也は家に帰るや否や突然の来訪者に眉間に皺を寄せた。どんなに暗証番号を変えても臨也の部屋に侵入してくる双子の妹はソファに座ってくつろいでいたり、大型のテレビを点けてはしゃいでいる。

「イザ兄、ご飯食べよー。」
「…[おかえりなさい]…。」

答えになっていない、と思いながらテーブルを見ると寿司が並んでいる。露西亜寿司で買ってきたのだろうと思い仕方なく臨也はテーブルについた。

「家で食べればいいだろ。なんで俺の家に来て食べるんだよ。」
「だってさんがしっかりしたものを家族と食べたほうが良いって言ってたから!」
「…[そうそう]…。」
「なに、誰が言ったって?」


突然様子の変わった臨也に二人はきょとんとした様子で目を見合わせた。

「イザ兄、さんのこと知ってるの?静雄さんと同じ会社の。」
「あぁ…よく知ってるよ。」
「知ってる知ってる?さんってー。」

そこまで言いかけて久瑠璃が舞流の口を押さえたので、言葉が続かなかった。

「なんだよ?俺がさんについて知らない事なんてないと思うんだけど。」
「…[そうなんだ]…。」
「ごほっ…げほ…クル姉、鼻も一緒に押さえると息できないから……ハァ。じゃあじゃあ、さんって静雄さんの彼女なの!?」
「いや…?違うだろ。」
「ええーでも今日すごくいい感じだったけどなぁ。ね、クル姉!」
「…[うん]…。」
「ちょっと待て、お前ら今日シズちゃんとさんに会ったわけ?」
「そうだよー。」



臨也は薄々感づいていた。がハッタリで静雄を呼んだふりをしていたという事に。だが、万が一にでもが静雄を呼んでいる可能性があったのであの場から離れたのだ。に話を聞く事は急ぐこともないし、静雄と遭遇する事の方が遥かに面倒な事になると思ったからだ。しかし二人でいたという事は本当にが静雄を呼び出していたという事だと臨也は思った。臨也の思うは冷静で、人に頼る事はしないタイプだと思っていたが、助けを求め、静雄はそれにすぐに駆けつけるような行動をしている。実際は二人が出会ったのは偶然だったのだが、二人の間柄がどういう事なのか、普段は恋愛沙汰に興味のない臨也の心の内に何かが触れた。




「弱点……かな。」

どちらの、とは言わずにそう呟いて、臨也は口の端を上げた。