04.繋がる世界 会社では黒岩がの変わりに取り立て組に指示をする業務を請け負っていた。元々が休みのときには代わりにやっていた事で、の仕事の前任者は黒岩である。 「はい!じゃーこれが今日の回収リストでーす。さんからやり方教えてもらってファイルもらったから、ちょっとは見やすくなったかなーと思うんですけど、どうですかね。」 「いや、いいんじゃねえのか?だいぶ見やすくなってるし、ちゃんが出来すぎんだろ。サンキュなー、黒岩。静雄ももらうか?」 「……はい?」 何やら静雄は心ここにあらずといった様子で落ち着かない様子を見せている。 「…静雄、打ち合わせしとくからちょっと一服して来いよ。」 「え?や、まだ来たばっかなんすけど。」 「ちょっと疲れてんじゃね?後で話すし、行っとけって。」 「…うす。すんません。」 ペコリと頭を下げると静雄は喫煙室の方へ歩き出した。その様子を見たトムと黒岩の間に沈黙が流れる。 「…平和島さんて結構わかりやすいですよねー。」 「はっ…?く、黒岩、それ静雄に言ってねぇよな?」 「言うわけないじゃないですかー。っていうか言えないですって。」 「だよなー…自覚なさそうだしなー…。」 急にが休みになったことが原因で静雄が落ち着かないのだと二人は思っていた。しかし、に休むように勧めたのは静雄である。 喫煙室で煙草をふかしながら静雄は別の事を考えていた。は実家に帰っていったが、このまま実家で暮らす方が良いと思って戻ってしまうかもしれない。それでなくても不可思議な事ばかり起きている彼女の事だから、何かの拍子でまた別の世界に行ってしまうのではないかと考えると気が気ではなかった。全て憶測にすぎないので、心配する事は何もないと言い聞かせているがどうも落ち着かない。帰ってくるとしたら明日の夜だから、明後日仕事で会えるのだからすぐだと静雄は自分を納得させて窓の外を見た。
その頃は実家へと到着し、久しぶりに会えた母親と話をしていた。リビングも自分の部屋も一か月前となんら変わっていなかった。やはり実家は落ち着くし、ホッとする。来る時も本当にあるのかと半信半疑だったけれど、こうして存在していてくれる事が本当に嬉しかった。父親は仕事に出てしまっていて会えないが、今日は早めに帰って来るそうで、とにかく仕事が決まった事を喜んでいたと母親から聞いた。 「どんな仕事なの、今の仕事は。」 「ん?会社の事務だよ。…普通の。」 嘘は言っていないのだが、は少し後ろめたいような気持ちになった。心配性の母親なので、グレーゾーンに分類される会社に勤めている事はなるべく濁した。それよりも今日は母親に確認したい事があった。 「一か月前に仕事辞めたって言った私って…本当に私だった?」 「は?何言ってるの。あんた以外誰がいるのよ。」 「んー…その、家出てくときはどんな感じだった?」 「鞄一つ持って「仕事が見つかるまでは友達の家に泊まるから。」って。なに、一か月前の事もう忘れたの?」 の母親はため息を吐いて呆れ果てた声を出した。やはり自分には理解不能な事ばかりでは眉間に皺を寄せた。これ以上聞くとまるで記憶喪失か何かになっておかしくなったのではと思われそうでは聞く事をやめた。 「それより、お店の子たちのほうがびっくりしてたんじゃないの?いきなり店長が辞めるだなんて言い出したんだから。」 「そうだよね…ちょっと店に顔出してくる。」 以前から気になっていた事を母親からも指摘されては頷いた。
「店長――!!お久しぶりです、帰ってたんですね!」 かつて勤めていた「Rain Dogs」の店が見えた所ですぐにスタッフの朝丘がの事を見つけて手を振ってくれた。平日の午後は他の客もおらず、閑散としている。店には商品の入れ替えが多少はあるものの、自分が一日の大半を過ごしていた場所で懐かしさを感じた。がいた当時、朝丘は後輩にあたり、副店長をしていた。自分がこの店を辞める時に一体どんな風に接していたのかわからず、何をどう話していいのかがわからなかったが、伝えたいことは既に決まっていた。 「朝丘さん、久しぶり。今、大丈夫?忙しくない?」 「見ての通りですよー…もう全然お客様来なくてどうしようっていう感じです…。」 少し困った様子だが、それでも販売員ならではの人当たりの良い明るい笑顔で朝丘は話した。聞くと今日は2人出勤の日でもう一人のスタッフは休憩に出ているらしかった。そして、が辞めた後は朝丘が繰り上がって店長になったわけではなく、別の所から店長が異動で入ったという事がわかった。はそれを聞いて心が痛くなった。 「朝丘さん…急に仕事辞めたりして本当にごめんなさい…。本来ならもっとちゃんと引き継ぎとかして、区切りの良い時期に辞めるべきなのに。」 頭を下げたに対して朝丘は慌てた様子で言葉を発した。 「いやいや!そんな気にしないで下さい!ちょっと引き継ぎとかはバタバタしちゃいましたし、やっぱり驚きましたけど…でも、今まですごく店長に頼りっぱなしだったなってわかったんです。皆も同じ様に言ってました。」 真剣な表情で話し出した朝丘に、は黙って話を聞き続ける。 「皆、成長してます…まだ一カ月しか経ってないけど、店長が抜けた分をフォローし合ってます。私が店長に上がれなかったのは、やっぱり実力不足だったんだと思いますし…これから頑張って店長になろうって思ってますよ!」 そう言って笑顔を見せた朝丘に本当には申し訳ない気持ちと感謝の気持ちでいっぱいだった。本当はもっと言いたい事もあるのだろう。でもそれを言わずにこうして言ってくれた。朝丘と仕事ができた事がにとって誇りだった。そして、はかつて自分の場所であったその店を後にしたのだった。
その日一日、静雄は仕事に身が入らずに、うなだれながら帰路についていた。昨日、トムと共にいつもより早い時間に出勤していた事もあって、今日はその分早く仕事を切り上げることになった。それを提案したのはトムだが、実際静雄が気にしている事にはあえて触れなかった。静雄はそもそも自分から地元に戻るように勧めたというのに、動揺しすぎだと頭をがしがしと掻きながら社宅の階段を登る。 「…ん?」 「あ、今帰りですか?お疲れ様です。」 202号室の前に立っているを見つけて驚いた。廊下にあるオレンジ色の電気でいつもと変わらないの表情が見えた。 「泊まってこなかったのか?」 「はい、仕事もありますし。家族や前の職場の人とも会えました。会えてよかったです…静雄さんのおかげです。明日からまたよろしくお願いしますね。」 「あぁ…よろしくな。」 静雄が言葉を返すとが笑ったので、一日中抱えていた不安がやっとなくなっていった。戻ってきてくれたと、に気付かれない様にゆっくりと息を吐いた。 「何もなくて良かった。」 「…新幹線ですか?特に遅れてたりとかはなかったですけど…色々やってたら遅くなっちゃったんです。」 「そっか。何か変な事とかあったらいつでも言えよ。」 はその言葉に交通機関云々の話ではない事に気付いた。知らない間に何かしら心配を掛けてしまっていたらしい。静雄の言葉には臨也の事も含めての意味が込められていることに気付いた。 「…はい。ありがとうございます。」 「今日はちゃんと休めよ。」 「はい、おやすみなさい。」 ドアを開け、が部屋に入っていくのを見送ってから静雄も自分の部屋へ入っていった。 部屋に戻ってからは長い一日だった、とゆっくりとため息を吐いてベッドに腰かけた。元の世界に戻ってきたというより、繋がったような感じがする。自分の身元も証明されて、自分と関わりのあった物や人がいる。それならばそれでいいのではないだろうかと思うがやはりおかしい。不気味な現象ばかりで落ち着かない。一か月前には自分の知らない所で仕事を辞めて家を出ているし、第一何がきっかけで繋がったのだろうか。 本当は色々と考えなくてはならない事が沢山あるけれど、日帰りで色々な人と話してきたことでとても疲れが出ていた。テレビを何気なく点けてBGMのような感覚でぼうっと眺めた。一息吐いたらすぐに眠ろうと思った。するとニュースの様子が映し出された。 『昨日、来良学園の入学式が行われました。例年より開花の遅い桜もようやく満開となったこの日、新たに…』 見覚えのある校舎と、見覚えのある制服を着た生徒たちが父兄と共に映り、はテレビに釘付けになった。そうなると、ダラーズの創始者である竜ヶ峰帝人や、紀田正臣、園原杏里たちがとうとう同じ高校に入学したのかとは記憶を辿ってはたと気がついた。昨日は、自分の携帯が繋がった日でもある。偶然なのだろうか。もしかしたら小説が始まったのと同時に自分の世界が繋がったのだろうか。しかし、思い出せる限りの事をなんとか思い出しても小説の冒頭があやふやで思い出せない。実家に帰った時にも確認してみたが、この小説だけがごそっとなくなっていて、小説を確認する事はできなかったのだ。 「はじまった…んだ。」 はこれから起こる事と、自分自身が小説の中で存在し始めた事を少しずつ理解し初めていた。 |