12.ここにいる セルティが帰った後もは部屋で安静にしていた。もうほとんど熱も下がっており、明日からまた仕事に戻れそうだと新羅と黒岩にメールを入れた。静雄とは直接話をしたいと思っているのだが、夜になっても隣の部屋に帰って来た様な気配がなく、今日はもう帰ってこないのだろうかと思った。謝るならば早めに話をしたいと思い、会ったらどこから話そうかと考え出すとまとまらず、携帯を取り出しては置いてを繰り返していた。するとインターホンが鳴ったので、玄関に行ってドアを開けた。 「えっ……どうしたんですか!?」 今まで見た事もない程ボロボロになった静雄が立っていた。そこまで出血はしていないものの、一体どうやったら静雄がここまでの事になるのかには予想がつかず、体の至る所にある傷を見た。 「…休みだったから臨也殴りに行ってきた。」 「そんな…休みの日だからって折原さんを殴りに行っていい日にはならないですよ…。」 「それより具合は大丈夫なのかよ?」 「私はもう大丈夫です。明日から仕事も行けますし…ご心配お掛けしました。あの…私より静雄さんの方が…とにかく上がって下さい。」 に促されて静雄は部屋に入り腰を下ろした。すると、がどこからか救急箱を取り出してきた。 「これ、今日セルティさんが届けてくれたんです。新羅さんからなんですけど、静雄さんはケガが絶えないから何かあったら手当てしてあげてって。」 少し困った様に笑ったを見て、静雄は破れた袖から見える傷を見た。ケガなんてしたって全然痛みは感じない。そういう体なのだ。それなのに静雄はどこかが痛いと思っていた。それがどこの痛みなのかハッキリしない。そう考えている間にもは必要なものを取り出して手際良く手当てをしていく。 は今までの事をどう切り出そうか迷っていた。謝らなくてはと思うのに、気持ちばかりが焦ってしまう。手当てをしている途中ではた、とは気づいた。今まで傷にばかり気を取られていたが、静雄の表情がいつもと違っている。傷ついたような、それでいて悲しそうな、こんなに辛そうな顔をは今まで見たことがなかった。 「臨也が…お前が消えるかもって。」 突然放たれた言葉にの手がビクリと震えて止まった。 「お前も、同じ事考えてたのか…?だから俺や周りと距離を置いてたのか?」 静雄の言葉はを責める様なものではなく、自分自身に問いかけているような声だった。静雄は今までがどんな思いでいたのかを考えると、胸の奥がぎゅっと痛むのを感じた。自分が消えるかもしれないと考えていたのだろうか。が消えてしまうだなんて考えたくない。 静雄は無意識のままの腕を引いた。動作が自然でが気付いた時には抱き寄せられていた。膝の上に乗せていた包帯がころころと床に転がっていく。 「辛かった…よな。悪ぃ…全然気づいてなかった。」 はどこまでも自分の事を考えてくれている静雄に胸が締め付けられる様な感覚になった。謝らなければならないのは自分なのに、どうしてそんなに優しくできるのだろう。そう思うと次第に喉が詰まってきた。泣いてからではまともに声も出せない、と思いが口を開こうとした時に少しだけ腕の力が強くなった。 「避けないでくれ…。」 少し震えた声がの鼓膜を揺らした。自分は一体何をやっていたのだろう。好きな人にこんな思いをさせてしまっていたなんて、本当に愚かだったと。 「…静雄さん。」 の声が腕の中で聞こえて静雄は我に返って体を離した。ほとんど無意識で何を言ったのか覚えていない。 「わっ…る、い…。」 気まずい気持ちの方が勝ってしまって目を見て話せなかった。しかし、嫌ではなかっただろうかとの方を見るとしっかりと自分を見ている視線があった。 「私、間違ってました。」 至近距離で真剣な表情で話し始めたに、静雄は目を離せなかった。 「私が関わったらいけないって思って…だから、今まで避けていた事、謝りたくて…ごめんなさい。」 は頭を下げた。やっと自分の伝えたかった事を少しずつ話し始めた。 「予想でしかない事に怯えるのは、もうやめます。誰からも覚えていてもらえないかもしれなくても、私は距離を置いて後悔したくないです…。」 は静雄の左手に右手を重ねて、そっと握った。 「だから…もう、避けたりしないです。絶対。」 真っすぐな目で言われた静雄は視線を外す事が出来なかった。曇りがなく、澄んだ瞳だった。そして静雄自身でもよくわからなかった痛みは引いていた。 「熱が出た日の夜…ずっとついてて下さってありがとうございました。」 「…あ、あぁ。」 「昨日言いそびれちゃって遅れちゃいましたけど…直接お礼が言いたかったです。」 そしてはゆっくりと手を離すと優しく笑った。静雄はいつも目を逸らしてしまうのに、その時だけはずっとの事を見ていた。そしてどんどん心臓が大きく音を立て始めていることに気がついた。 「手当て、途中でしたね。」 転がっていた包帯を拾って、は手当てを再開し始めた。至近距離にいる為、息さえするのも緊張してしまっている。 ――心臓が持たねぇ。 静雄は随分と前から自分の中にある感情に、少しずつ気付き始めていた。 「いい加減、もうちょっかい出すのやめたらどうかな?」 「…なんで?だってさん、面白いからさ。…首の在りかも知ってるんじゃない?いいのかなぁ。」 新羅のマンションでは静雄と同じ様にボロボロになった臨也が手当てを受けていた。そんな状況にも関わらず臨也は減らず口を叩いている。 「それなら、最初に会った時に聞いたよ。」 「へぇ?やっぱり知ってるんだ。さんがどの辺まで知ってるかはさすがの俺でもわからないんだけど、やっぱり欲しいよね。」 「情報がっていう事かい?静雄がいるんだから、いつか痛い目みると思うよ。…あぁ、ガーゼがないね。ちょっと待ってて。」 新羅は立ち上がって部屋を出て行った。部屋に残された臨也は片肘をついて呟いた。 「情報じゃないよ、新羅。」 To be continued… |