8年ぶりの合コンが終わってから、私は親友とともに帰路についていた。人数が多かったので、このあと二次会へ行く人たちもいたらしいが、私が久しぶりの参加だったということもあり、親友の気遣いで帰ることにした。帰り際、千景くんと連絡先の交換はしたけれど、女の子たちにひっぱられていったのが見えたので、二次会にでも参加しているのだろう。親友の言うよかった、の意味を考えていると携帯が鳴った。


「おっ、もしかしてろっちーから?」
「うん…こういうのってこんなにすぐメールするのが普通なの?」


ついさっき別れたのに、千景くんからメールが来ていた。内容は、今日は楽しかったねとか、いつ空いてる?とか、よかったら来週末ご飯でも一緒にどう?とか。今は他の女の子たちと一緒にいるのではと思い、そんな中でメールをしてくる軽い雰囲気の内容に複雑な気持ちになってくる。それが表情に出てしまっていたようで、親友は宥めるように私に言う。


「まぁまぁ、とりあえず会ってみればいいじゃない。合コンの短い時間じゃ相手の何がわかるかなんて知れたもんじゃないしね。夜に会うのが嫌なら昼に会えばいいし。」


私が深く考えすぎなのだろうか。そもそも仕事をしていない身としては、ある程度就活をしてしまえばあとは暇なのだ。もう一度会ってみないとわからない。そして、答えを出すにはまだ早い。そんな風に考えているけれど、結局は理由が欲しいだけで、私はまた千景くんに会いたいと思っていた。



逡巡ガール



「久しぶりだねーちゃん!俺、会いたくてしょうがなかったよ。」
「…千景くん、先週会ったばっかりじゃない?」


約束の時間の10分前に待ち合わせ場所に着くと、驚いたことに千景くんのほうが先に来ていた。飲み会の席でも思ったのだが、やはり目を引くかっこよさがあるので、隣に立つのに少し尻込みしてしまう。結局、親友が提案するまでもなく、千景くんからお昼を食べようと言われた。なんというか、夜は予定があると言われても、夜にご飯に誘われても、どっちにしてもあやしいと感じてしまうあたり、私が千景くんに対して邪推しすぎなのかもしれない。店に入ってからも千景くんは、嫌いなものとかない?とか、寒くない?とか普段からされたことのない気遣いと優しさで私は戸惑ってしまう。

ちゃんって誕生日いつ?」
「誕生日はね、先月だよ。」
「先月っ?終わったばっか!?マジか…。もしかして元彼とお祝いしたとか?」


その言葉で過去の出来事を思い起こす。先月の誕生日は別れた直後だったからお祝いもなにもない。しかも同棲していたから別れた後も引っ越すまでは自分の荷物をまとめなければならず、別れた相手と同居し続けなければならなかったのだ。元彼はあまり家に寄りつかなくはなっていたが、生きた心地のしないうちに誕生日は過ぎ去っていった。


「ううん、別れた後だったからお祝いしてないよ。」
「そっかぁ…。どの位付き合ってたの?」
「うーん、8年…くらい。」
「8年…!?かー…。長いなー元彼からはどんな物プレゼントしてもらった?」


次々と質問を投げかける千景くんに、不思議な気持ちばかりが頭をもたげる。気になっている相手の元恋人の話なんて聞きたいものなのだろうか。自分だったら、聞きたくはないから避けて通る話題だ。それなのに千景くんはどんどん私の記憶を呼び覚ます。どうしてそんな事聞きたいんだろう。

「…プレゼント、もらったことないよ。」
「またまたぁ、そんな事言って、俺がこれからあげるものがかぶっちゃったりしたら、ちゃん迷惑じゃね?いや、むしろ同じ物を送って思い出を塗り替えてくってのもアリか。」


ふむふむと、頷きながら楽しそうに話す千景くんを見てそういう事だったのか、と私はやっと真意に気づいた。彼は私の過去を知りたいのではなく、これからの未来のことを見ている。ずっと過去にばかりとらわれている私とは真逆だ。そして千景くんからの質問は私の中で気づきたくなかったことをハッキリとした形にしていく。


「…本当だよ。」
「8年間?」
「うん…。」
「…マジで?」
「………。」
「バカな男って本当にいるんだな。」


そう、わかっていた。きちんとした形のプレゼントをもらったことがない。代わりに素敵な店でディナーを。というものもない。私はそういう特別な日をことごとく無視され続けていたのだ。記念日やプレゼントが苦手な男の人もいるからね、と友達に励まされることもあった。愛情表現が苦手なのだろうとも。そう、途中からは期待すらしなくなって、それが当たり前になっていた。一緒にいて、私が楽しかったからそれでよかったのだ。でも、もう今ならわかる。


私は、恋人に愛されてなどいなかったのだ。





気づくと私はトイレの洗面所の前にいた。自動で出てくる水音で我に返る。確か食事も終わって、会計もしたところまで覚えている。そうだ、店を出る前にトイレに寄ったのだ。また頭の中だけがどこかに行ってしまっていたようで、自分に嫌気がさす。しっかりしなくてはと首を振って、店の外に出ると千景くんの姿はなかった。携帯を見るとメールが入っていて、すぐ戻るからちょっと待ってて。とだけ入っていた。私は店の近くにあったベンチに座ってぼんやりと空を見つめる。


私は一体8年間何をしていたのだろう。自分を赴任先へ連れて行ってくれたという、ほんの少しの希望へすがりついていた。ただ、今となっては思い出の品物なんてないほうが好都合だ。そういう事まで見越して元彼は私に何も贈らなかったのだろうか。あれだけ好きだったはずなのに、今になって思えばおかしな事だらけだった。大事になんて、されていない。千景くんのように優しい言葉をかけてくれることなんてあっただろうか。恋は盲目とは言うけれど、そんな男と付き合っていた自分も馬鹿だったのだろう。




「あれ??」


突然呼ばれた声は千景くんのものではなく、誰だろうと思い反射的に顔を向けると、大学時代の同級生が立っていたので、立ち上がって確認するように言葉を出す。


「水原くんじゃん。久しぶりだね。」
「久しぶり。って結婚するから県外に出たんじゃなかったっけ?帰省中?」
「あー…ううん。もう帰ってきたんだ。別れたんだよね。」
「…えっマジで?」


水原くんは元彼とは顔見知り程度の仲だったし、ゼミが一緒だったので私とのほうが近しい人だった。こうして説明するのはなんともいたたまれない気持ちになる。それでも心配はかけまいと笑顔を無理やり作り出す。


「今、就活中。」
「…へー大変だったんだな。いつ帰ってきたの?」
「先月だよ。ほんと最近。大変だった。」
「まぁ、パーッと飲むか?気晴らしに!」
「いや、まだあんまりみんなに言ってなくてさ…ちょっと情けなくて、言い出せなくって。」
「…別にみんなじゃなくても」


「はい、そこまでな。」


ポン、と水原くんの肩に手が置かれると、千景くんが立っていて、千景くん。と自然に呟いていた。振り返った水原くんは不可解な表情をしている。


「デート中の女の子にナンパたぁ良くねぇなぁ。」
「えっデート…?、もう彼氏いんの?」
「彼氏じゃないんだけど…。」
「まだ、ね。まぁちゃんは今後俺の彼女になって、ゆくゆくは俺のかわいいお嫁さんになる予定だから。」


何を言い出すのだ、と思うのになぜか顔が熱くなってしまって、きっと赤くなってしまっていると予想がついた。


「ちょっと、千景くん…!」
「まぁちゃんが埼玉に帰ってきた時点でお前に知らせてないってことで、お前さんはアウト。」
「ちょ、ちょっと千景くん。」
「…悪かったな、邪魔して。」


そう言うと水原くんは眉をしかめたままスタスタとどこかへ言ってしまった。


「ごめんな、待たせちまって。変な男に絡まれてないか心配だったけど予感的中だったわ。」
「変な男じゃなくて、大学の時の同級生だよ。」
「ぜっってーーアイツちゃんのこと昔から狙ってたクチだろ。でもだめだな、俺と出会っちゃったあとだから。」


別に私は水原くんのことは何とも思っていないし、会話からもそんな雰囲気は伝わってこなかったけれど、千景くんはそう感じたらしい。ちょっとスネたような表情になっている千景くんを見ていると目が合った。そして目が合うとニッコリと笑う。さっきからそうなのだ。返事をするたびに笑ってくれる。その度にこちらが戸惑ってしまうのにも微塵も気づいていない。あまりにもドキドキしてしまうのでふいっと目をそらした。そしてそらしたのと同時に視界が真っ白くなった。


「はい、誕生日プレゼント。」


少し顔を離してそれを見ると、白いふわふわとしたバラの花のブーケが目の前にあった。思わずため息が出て言葉を発せなかった。それくらい素敵な花束だった。

「やっと笑った。」
「えっ…?」

受け取ったブーケを見ていると千景くんが不意に告げた。

ちゃん、最初に会ったときから全然笑ってくんないからさ。絶対笑ったらかわいいのにってずっと思ってた。」

作り笑いが最初から見抜かれていたことにも驚いたけれど、千景くんから発せられる言葉は本当に心臓によくないくらい胸が高鳴る。初めてだった。こんな風に贈り物をされるなんて。そう思ったら少し泣きそうになってきた。

ちゃん、花好きなの?」
「好き…。」
「じゃあ俺は?」
「………。」

答えられずに黙っていると、千景くんが笑い出した。

「いやいや、かわいいなって思ってさ。いいよ、いつかおんなじように好きって言わせてみせるから。」

まっすぐで、どこまでも優しく、私を甘やかすこの目の前の人を好きになるのなんて、本当にすぐのような気がした。会ってみなきゃわからないなんて。千景くんといたらどんどん好きになっていくのは自分のほうだ。

ちゃん、そのブーケぴったり。花嫁みたい。」

満面の笑みでそう言う彼にいつか好きというときが来るのだろうか。そうしたら少しは照れてくれるのだろうか。そう想像して、千景くんが照れる姿を見るのも悪くないなと、密やかに思った。