09.赤く染まりゆく街 夕陽が辺りを染め始め、事務所の窓が赤みを帯びた頃、臨也は不意に自分の前にやってきたの気配を感じた。 「…折原さん。」 「ん?携帯なら返さないって」 「終わりました。」 「…なに?」 何を馬鹿なことを、と臨也が言葉にする前にはメモリを臨也のデスクに置いた。見上げるとと目が合った。挑んでくるような表情は変わらないが、纏う空気が変わっていることに気づいた。この世界に地に足をつけて生きていることを覚悟しているというべきか、以前の様な自分の立場への戸惑いは感じられない。臨也が即座にメモリの中身を確認すると膨大な量のデータが並んでおり、正確に作られていることがわかった。確認している間、臨也の表情が好奇心に満ちた表情へ変わるのをは見ていた。臨也は笑いながら言葉を発する。 「ククッ…君はアパレルの店長だったから、接客が得意なんだろ?店舗運営という点ではずば抜けてた。それなのになんだい、これは。君さ…こんな能力持ってなかったはずだろ?」 「今の会社に貢献したかっただけです。」 「貢献?笑わせてくれるじゃないか。一年事務をやっただけじゃこうはならない。技術者にでもなるつもりかい?」 が今の職業に就いてから一年が経とうとしていた。そしてその間、自分に何ができるのだろうかと考えていた。そして、決めたのだ。自分にできることは自分を拾ってくれた会社に恩返しをすること。そしてもし、自分が少しでも物語の中で自由に動きたいと思う瞬間に、仕事に追われて何もできなかった、というのでは話にならないと。その為に必要なことを自分なりに考え、一年間ずっと勉強をしてきたのだ。 「これで今日は退勤してもいいですよね。」 「あぁ、いいよ。君の努力に免じてね。さんを見くびってたみたいだね。一年で中々面白い進化をしたのがわかっただけでもよしとしようか。データも見易いしね。」 「波江さんのデータには及ばないとは思いますが。失礼します。」 臨也がの発した言葉を理解するのに数秒の間ができた。そう思うほど、今の言葉は予想になかった。は少し頭を下げると鞄を取りに足早に自分の席に戻る。 「待ちなよ。」 珍しく威圧的な低い声で臨也はを引き留めた。足を止めて振り返ったに話しかける。波江がこの事務所に出入りしていることは知っているのだろうと思っていたが、データを作った事実までには読み取れないはずだった。 「なんで波江が作ったって言いきれる?それも『知って』たのかい?」 「いえ……書類の並びが不自然だったので。」 大量の書類を分類しながら作業をしていたは違和感に気づいていた。自分とはやり方こそ違うが、これは誰かが書類を仕分けた後だと。 「波江さんじゃなくて、俺がデータを作ったかもしれない。」 「…。」 「答えるまで帰さないよ。」 飄々としていた雰囲気から張りつめた空気に変わり、は怯んだ。最初に会った頃のような手先から冷たくなるような感覚がし始めたが、努めて冷静にとは言葉を発した。 「…折原さんは人間を分類しないと思っただけです。」 例えば、臨也がデータを入力するならば、人間をグループ化せずに個で見て楽しむのだろうとは思っていた。それがデータに落とすという単純な作業にしてもそんなことはしないと、そう考えただけの話だ。仮に分類していたとしても、常人では理解できない様な分類の仕方をするのが折原臨也なのだ。何も答えない臨也を一瞥してから失礼します、と言っては携帯を臨也から受け取ると大急ぎで事務所を後にした。 波江とはタイプの違う能力だったが、遜色のない働きをみせたのは意外だった。どうせ何もできないのだろうとタカをくくっていたのは間違いだった。凡人だと思っているのは当人だけで、未来予知だけではない能力を身に付けたを称賛した。そして、誰もいなくなった部屋で臨也は呟く。 「…引き抜きたいのは山々だけど、シズちゃんが黙ってないしなぁ…やっぱりシズちゃんには死んでもらわないとなぁ…。」
は池袋の街の中を全速力で走っていた。夕陽が街を染め上げていてもう時間がなくなってしまっている。記憶が正しければ、この時間帯はセルティと静雄が切り裂き魔について話している頃だ。静雄には電話を入れたり、メールもしてみたのだが反応がない。公園、ということしか記憶にないため、いつも見ている池袋の地図を思い出し、思いつく限りの公園へと足を運ぶ。 「いない…。」 あの二人がいるのは目立つため、公園のどこにいてもすぐに見つけられるはずなのに、3つめの公園にも姿は見当たらず、は肩で息をし、膝に手をついた。まだ、諦めてはだめだ。私が何か言ったところで何にもならないとか、そんな事を考える前に、足を、体を、動かさなければ。そう思ってはまた次の公園へと走り出した。 そして―――足がガクン、と何かに引っ張られるような感覚がした。この感覚は初めてではない。 ――同じだ。 スローモーションのように地面が近づくような感覚がした。この、足をとられる感じは忘れるはずもなかった。自分がこの世界へやってきたときと、同じだと。 |