05.少年の心 翌日、はいつも通りに出勤して仕事をしていた。あのあと、臨也の事務所では本当に人手が足りなかったこともあり、仕事をし続けていた。ことあるごとに臨也が話し掛けてくる内容が自分の知っている未来についてのことで、はぐらかしたりするほうが大変だった。嘘を吐いても無駄だと言っていたこともあり、余計な情報まで与えてしまったのかもしれない。しかし会社の為にも、そして自分自身の為にもはあそこへ通い続けなければならないのだ。いつもとは違う気疲れが出てしまったようで、あまり効率良く朝の仕事をすることができなかった。そうこうしているうちに静雄とトムが出勤してきたので、打ち合わせに入っていく。 「おはようございます。今日もよろしくお願いします。」 「はいよー今日は…っと。お、珍しいなこっちのほうも回るんかな?」 昨日、臨也の事務所に行っていたことを知っているトムはの様子を気にしつつ、いつも通りにリストに目を通した。しかし、静雄は渡されたリストではなく、指示を出しているのほうを見ている。トムはの話を聞きつつも、まさかと嫌な予感がした。 「…以上です。今日はいつもより件数が少ないので早く上がれるといいですね。」 「んだなー、よし!今日も頑張りましょーかね。」 「…。」 「はい?」 「なんか…お前、どうした?」 「えっ…。」 野性的な勘が働いたのか、静雄はに違和感を覚えていた。研修に行くという事自体は静雄も聞いていたのだが、それとは違う何かを感じ取ったらしい。唐突なのでは内心ギクリとしていたのだが、少しは予想していたので冷静に言葉を返す。 「特に…何もないですけど。」 「昨日、研修だったからちょっと疲れてんじゃねぇのかな。ちゃんと休憩取るんだぞ?」 「そうですね、ありがとうございます。」 すかさずトムがフォローをして、は二人に向けてそう言ったが、静雄だけが腑に落ちないような様子だ。避けるということはないがが周りを避け始めた時と同じ様な違和感が拭えない。 トムと一緒に外に出てから、やはり気になるらしく静雄は口を開いた。 「やっぱ変でしたよ、。」 「そうか?俺にはいつも通りに見えたべ。」 以前にも同じような会話をしたな、とトムは思いつつその時は何も気づいてやれなかったな、と過去の自分を悔んだ。今回はフォローに回れればと思ったが、静雄の勘はどうやらそれを許してはくれないようだ。 「いつも見てんだからわかりますよ…。」 ぼそりと静雄が呟いた言葉をトムは聞き逃さなかった。そんな言葉を聞いて言うべきかどうか迷った。今まで知らないフリをしてきたし、無自覚である静雄が自覚することで破壊や暴力の方向ではなく、何かを守る方向へ力が働いてくれないだろうか、という希望をこめ、トムは意を決して口にした。 「静雄、それもうほぼ告白だろ?」 「なにがっすか?」 「だから、お前がちゃんのことをすげぇ好きだってことはわかった。」 「…す…え?何言ってんすか、トムさん。」 「……ちゃんの変化に気づけるのも、お前が佐竹を気にくわねぇのも、折原臨也がちょっかい出すのが許せねぇのも、そういうことだろ?」 臨也、という単語に反応しかけてしまったが、トムの一つ一つの言葉を反芻して、静雄は自分の行動を振り返る。 そもそも静雄にとって恋愛感情というものは、遠い昔に置いてきたものだった。恐れられ、恐れられ、もう誰からも愛されることもなく愛すこともなく過ごしていくのだと。好きな子がいた時に相手を傷つけ、それが何度も続くと、好きになるということをやめた。それからは感情に蓋をし、それを見ないようにして、少年の頃の自分と共に置き去りにしてきたのだ。 だが、今のトムの言葉で静雄は随分と前から自分の中に眠っている感情に気付いたのだ。蓋をしたまま置き去りにされることもなく、自分自身の中に静かに眠っているそれがあるということに。それがあまりにも久しぶりの感情なので、静雄はそれが恋愛感情なのかどうかわからない。そして自分の気持ちに気付くよりも先に、行動のほうが自然とそうなっていたのだ。静雄にとって感情と行動がバラバラのまま生活することはいつもと変わりない事なので、さして違和感がなかった。 「……俺は。人とか好きになっちゃいけねぇ人間だと思ってます。」 「何言ってんだよ。」 「俺と関わるとロクなことがないんすよ。我を失って色んな物をぶち壊してるうちに、いつかのことも傷つけちまうと思います。…そんな俺になんか好かれたって嬉しくないでしょう。」 静雄の表情がとても寂しそうに見えて、トムはそれ以上何も言えなくなってしまった。静雄の事を中学時代から知っているものの、思っていたよりも根の深い問題があったと気付かされる。静雄の言葉を否定することは難しかったが、最後の言葉に対してだけは別だった。 「嬉しいかどうかは相手が決めることだからわからねぇべ。そんな決めつけなくてもいいと思うぜ?それによ、人を好きになっちゃいけねぇ人間なんていねぇよ。」 トムは静雄の肩をポンと叩く。いくらトムの話とはいえ、自分の感情を認めることができず、戸惑いがあるのか静雄の表情は晴れない。好きかどうかの問題ではなく、その前段階から話が始まっていないのだ。 「…それより、俺はの様子の方が気になったんすけど、トムさんは何か知らないんすか?」 再び話が最初に戻ってきてしまい、トムは言葉に詰まった。静雄の勘に触れてしまったら逃げ出すことができないというのは嫌というほどわかっている。そしてトムは観念して話す事にした。 「いいか、怒らずに最後まで聞けよ?…ちゃんはな、週一で研修に行ってるってことになってるが…実際は臨也の事務所に行くことになったんだよ。」 「な…っっっ!?」 ビキリ、と静雄の額に青筋が浮かび、拳を握る力が強まっていく。静雄は必死にトムの言葉によって思いとどまらせ、最後まで話を聞こうと体を動かさないように踏みとどまる。 「あいつが無理やり理由作って社長に直談判して決まった。引き抜くつもりなんだか知らねぇが、大方、前の事件の主犯が臨也だってのは社長も気づいてる。」 「じゃあなんでそんな条件っ…!」 「ちゃんよこさねぇと会社潰すっつってんだ。ちゃんはそれを聞いて話を飲んだ。社員を脅えさせねぇように研修だっつって。」 それを聞いて静雄は我に返る。会社を潰すと脅され、自分を罠に嵌めた相手の元で働くなど、そんな異常な状況は聞いたことがない。そんな状況で正気など保てるのだろうか。がそんな所に身を置いているということに気付く。 「お前に知らせなかったのは…。」
「ちゃんは静雄に本当に言わなくてもいいと思うか?でも言うと街ごとぶっ壊しちまいそうだしなぁ…。」 「…その理由もありますけど、静雄さんは怒るよりもきっと…心配しそうなので。私の問題ですし、心配ばかりかけてしまうのはよくないな…とも思いますし。なんとか頑張ってみますけど、一人じゃどうにもならなくなった時は頼ってしまうかもしれません。」
がそう話していた事を聞いて静雄は言葉が出てこなかった。いつも、最初にこの街に現れた時からはそうだった。自分でなんとかしようとして、周りに迷惑や気をつかわせまいと気を張っている。ただ一つ、最初の時と変わったのは、人に頼る姿勢を見せる様になった事だろうか。自分の知らない所で会社や社員、そして自分自身でさえもに守られていることにも気付いた。 「俺もさ、ちゃんから聞いたんだわ。身元の話。あの状況で冷静に自分がどう動くべきか常に考えてる。大したタマだよ。」 なんとか最後まで話を聞いてくれた事にトムは心中で胸を撫で下ろした。ただ、が臨也の元へ行く理由を理解はしていても、臨也がを呼び寄せる事に対して静雄が許せるはずもない。 「長々と話しこんじまったな。気ぃ取り直して仕事すっかー。」 また何か衝突があったら殺し合いに発展してしまうのだろうとトムは思い、静雄に声を掛けた。静雄の中でふつふつとマグマのように煮えたぎる怒りを感じながら。 |