02.デュラハンの考察 が仕事に復帰してから数日後、新羅とセルティに借りていたお金を返そうと思い、新羅に連絡を入れた。 「やぁ、セルティから聞いたよ。体調も戻ったみたいだね。」 「新羅さんの薬のおかげですっかり良くなりました。新羅さんとセルティさんの都合の良いときにお金と…あとテレビを返したいんですが。」 「テレビ?…あぁ!すっかり忘れてたよ、あのテレビも貸してたね。」 がこちらの世界に来てから、娯楽と呼べるものが何もない部屋だったので、新羅の家からほとんど稼働していないテレビを借りていたのだった。少し前のモデルのもので厚みのあるテレビだったが、見られるだけでにとっては十分だった。実家の自分の部屋から送ったものをこれからは使う為、持ち主に返すことにしたのだ。 「大丈夫かい?あれ結構重たいんじゃないかな。」 「1階まで運べば、あとはタクシーで新羅さんの家まで行けると思います。」 「その階段が一番危ないんじゃないかと思うんだけどね…空いてたらだけど、静雄に手を貸してもらったらどうかな?」 休みが同じ日でないと頼めないかもしれない、と思い出勤日を確認すると静雄たちとの次の休みが同じだった。どうやら今月は同じようなサイクルで休みの日が割り当てられているらしい。新羅はせっかくだからうちまで運んでもらいなよ、と言ったので、引っ越しの準備をしていた頃を思い出しながら静雄にメールを入れた。
「毎回すみません、力仕事ばっかりで。」 「これ?」 約束の休みの日の昼時、静雄はの部屋の玄関に来ていた。廊下に置いてあるテレビを見てが頷くと、静雄はそれをひょいと片手で持ち上げ小脇に抱えた。なぜか静雄が持ち上げると重量を感じさせないので、が昨晩自分の部屋から廊下まで難儀な思いをして運んだことが嘘のように思えた。 二人が新羅たちのマンションへ辿り着くと、新羅が出迎えてくれた。 「やぁ!さすがだね、テレビも静雄君の手にかかるとまるでノートみたいだ。」 「あぁ?」 「お、お邪魔します。セルティさんは?」 「今、録画した世界ふしぎ発見見てるよ。あ、テレビはこっちに置いておいてくれるかな。」 リビングに入るとはソファに座っていたセルティに声を掛け、荷物を下ろした。静雄がセルティの横に座るとPDAを打ちこんだ。 『今、新羅がお昼を作ってるよ』 「ちゃんとしたもんなのか?」 「新羅さんも自炊歴長いですから、おいしいですよ。」 はそう言って昼食の準備をしている新羅を手伝うと行って台所に立った。台所の勝手がわかるのか、新羅に指示された通りにてきぱきと動き、静雄に飲み物を持ってくると再び戻って行った。が手土産のお菓子を新羅に渡しているのを見届けると、セルティは番組をいったん消して、静雄に向き直った。 『久しぶり…でもないか』 「まぁな、外で会うほうが多いからな。」 以前、寝込んでいたへ薬を届けに行った時に、セルティはの気持ちをはっきりと聞いた。しかし、静雄自身はの気持ちを知らないだろう。静雄のことを思う人がいる、というのは本人にとって嬉しいだろうし、自信にも繋がるはずなのだが、それはセルティが言っていいことではない。伝えたいけれど伝えられない今の状況が歯がゆかった。そんな事を考えていると台所にいる二人の会話が聞こえてきた。 「そういえばさん、ちょっと服装が変わった?」 「元々勤めていた所の服を実家から送ったんです。着ないのももったいないですし。」 「ショップの店員さんだったんだっけ?いやぁ、セルティにも色んな服を着てもらいたいんだけどね、全然着てくれないんだよ。セーラー服とかナース服とか、婦人警官の制服とか、色々用意してるのに…」 「そ、それは服の種類が問題なんじゃ…?」 「まぁセルティは何を着ててもかわいいからいいんだけど。さんはすごく感じがいいから男の人がほっておかなかったんじゃない?」 「え?」 「そういえば前の世界で彼氏とかいなかったの?」 言葉が終わったと同時にメキョリ、という聞き慣れない音が響いた。それは静雄が飲み終わったスチール製のコップを素手で握りつぶしてしまった音だったのだが、それに気付いたのは隣にいたセルティだけだった。静雄は会話を気にしているのか、じっとして動かなくなった。 『静雄…お前』 静雄はセルティの打った文章を見ることがなかったが、二人の会話は続いている。 「そんな、いないですよー。」 「そうなの?」 「はい、仕事ばっかりしてました。」 が笑って言葉を返すところまで見届けると静雄は一息ついてから自分の右手にあるものに気付いた。 「あ、わりぃ。やっちまった。」 『い、いや、新羅が変なこと聞くから悪いんだ。それより…その』 「?」 先ほどの静雄の様子を見てあからさまに動揺したセルティは、話を新羅のせいにすると再び考え始めた。もしかして静雄ものことを好きなのでは?という疑問が沸いたが静雄に変わった様子はない。 ――もしかして、無自覚?…なのか? その可能性が浮かんでからセルティは溜息をついた。正確には溜息をついたような仕草をしたのだったが。お互いが好きだと思っているのに、片方は無自覚なのだから溜息もつきたくなる。セルティは前途多難、という四字熟語が浮かんでから打ち消した。自分の思考も新羅に似てきているかもしれないと感じたからだ。少しセルティは考えていたが、お互いがそうなのだから別に自分が出しゃばらなくとも自然とうまくいくのではないか、と自分の出る幕ではないと思い直した。 新羅の作った昼食を食べ終わると、は持ってきたお金を新羅に手渡した。 「長い間お借りしてましたが、本当にありがとうございました。今はこうして身分も証明できますが、本当にあの時助けてもらえなかったらって思うと…感謝してもしきれないです。」 「いやいや、気にしなくていいよ。こうしていると本当に別の世界から来た人に見えなくなってくるから不思議だね。」 『私もさんと友達になれたし…いつでも来てくれて構わないから』 「ありがとうございます。それで、これ…気持ちなんですが。」 は紙袋をセルティに渡した。静雄は菓子折りが入っていただけではなかったのか、と紙袋を見ると「Rain Dogs」のロゴが入っている。 『私に?』 「はい、ぜひ着てみて下さい。」 にこっとは笑うと戸惑っているセルティの背中を押して別の部屋へと入っていった。残された新羅は着るという単語に反応し、もしかして…とどんな服をプレゼントしたのかが気になってそわそわし出した。挙句の果てには二人の入った部屋を覗こうとしている。あきれ顔で静雄が新羅を引っ張ると着替え終わったのかセルティが出てきた。 「セルティ!!すごく似合ってるよ!!!」 「さっきの新羅さんの話を聞いて、服にしてよかったって思いました。」 セルティが見に纏っているのは黒のワンピースだが、いつも着ているライダースーツとは真逆の軽い素材のもので、トップス部分はコンパクトでスカートの部分はシフォンで透け感があり歩く度にふわふわと軽やかな印象を与えている。形はオーソドックスで女性らしいラインだが、色が黒なのでとてもスッキリとした印象だ。 「セルティさんは黒が似合いますね。スタイルも良いからこういう形もとっても素敵です。」 「あぁ…ホントぴったりだな。」 元々の仕事がそうだったということもあるのか、は楽しそうに言い、静雄も感心したようにうなずいた。着なれない服を来たセルティはそわそわと落ち着かない様子でキョロキョロとしている。その度にひらひらとスカート部分の裾が揺れるので、新羅は完全に鼻の下を伸ばしきりだ。 『もらっていいのか?』 「はい、こないだのこともありますし…何より新羅さんにとっても良いプレゼントみたいなので。」 『ありがとう、大切にするよ』 ふふっとが笑うとセルティはまさに後ろから抱きつこうとしていた新羅を影で縛り上げていた。
集合したのが昼だったので、新羅たちの家から静雄とが戻る頃には夕方になっていた。 「今日はありがとうございました。つい居心地がよくて長居してしまいました…予定は大丈夫でしたか?」 「あぁ、今日は夜まで空いてたからな。」 そう言いながら社宅の前まで来るとスピードを落とした高級車が後ろからやってきてと静雄の横に止まった。そしてスッと運転席から細身の男性が出てきた。 幽、と静雄がそう呼ぶと男性はのほうを見て頭を下げた。見覚えのある姿に目の前にいるのがアイドルの羽島幽平であり、静雄の弟の平和島幽であることを確信した。こちらの方へ歩いてきたのだが、距離が縮まるととても綺麗な顔立ちをしていることに気付く。 「早かったな。…、弟の幽。」 「初めまして、です。静雄さんの同僚です。」 「兄がお世話になってます。羽島…いや、幽です。」 「別にどっちでも変わんないんじゃねぇ?羽島幽平って知ってるか?」 「はい、テレビで拝見してます。活躍されてますよね。」 はテレビで見る以前から幽のことを知っているが、アイドルというのはこんなにも顔が小さくて綺麗な顔をしているのかと感嘆してしまった。どの辺りが静雄と似ているかな、と顔ばかりを見てしまう。 「あ、すみません…芸能人の方とお話するのが初めてで…。」 「いえ、気にしないで下さい。」 「もう仕事終わったのか?」 「予定よりも早く終わったんだ。…晩ご飯にはまだ早いかと思ったけど、兄さん、いるかなと思って。」 その会話を聞いて、今日は二人で夕食に行く約束をしていたのだろうとは予想がついた。幽はとても仕事が忙しい売れっ子なので、兄弟水入らずで話すのも久しぶりなのではないだろうかと静雄の表情を見て思った。少し嬉しそうな、それでいて気を遣わなくていい安心した表情をしている。 「じゃあ私はこれで失礼しますね。」 「……さんも一緒にどうですか?」 「えぇと…私も少し用事がありまして。」 「そうですか。じゃあまた今度でも。」 「はい。静雄さん、今日は本当にありがとうございました。」 「おぉ、おつかれ。」 本当は用事などないのだが、二人の邪魔をしてしまうのは悪いと思い、車に乗って行くのを見送った。初対面だったので緊張してしまうことも考えると今日はこの後ゆっくりしようと思い、はため息をついた。
車を走らせてから幽はすぐに口を開いた。 「悪かったね、兄さん。」 「?」 「デート中だった?」 「…ちげえよ。同僚だっても言ってただろ。そんな勘違いしたらアイツに迷惑だしよ。」 舞流や久瑠璃と同じ様な事を言いだした幽に少し呆れたように静雄は言葉を返した。しかし、の表情は仕事の同僚だけに留まらないのでは、と幽は一瞬のうちに推察していた。自分自身の表情の変化が少ない分、幽は他人の表情を読み取る事に長けていたからだ。静雄もそれ以上はその話に触れずに幽の出た作品の話をし始めた。幽も静雄の話に相槌を打ちながら、セルティと同じ様に思う。自分が出る幕ではないと。兄を想う人が現れたことに少し嬉しさを感じ、ほんの少しだけ微笑んだ。 |